平成12年4月。
直前までパチプロ(スロプロ)として生計を立てていた僕は、いわゆる「ちゃんとした就職」のために実家を離れ、北海道の某所で初めての一人暮らしをはじめました。
25年前のこととはいえ、当時のことは鮮明に覚えています。
初めての就職は「非正規雇用」であり、半年ごとに契約更新を繰り返す中、2年ほどで「正規職員」として勤めることとなり、今日まであっという間の日々を駆け抜けた気がします。
もちろん、四半世紀が“あっという間”なハズはないですし、転勤に伴い道内を東へ西へ異動したことや、家庭を築いたこと。
何物にも代えがたい「3人の子ども」の親になったこと。
そして・・・身体を壊したこと。
25年の間には様々な出来事があり、若かった僕が満場一致でオッサン認定されるまでの日々について、思い返す記憶とともに今回のブログを書き始めました。
私は、6月末で退職します。
昨年末、過去4~5年分のブログ記事を全消去する前から当ブログをご覧いただいている方は、何度も書いているためご承知のことかと思いますが、令和2年(今から2年半くらい前)、高速道路を車で運転中に突然の違和感が全身を襲い、ハンドル操作に力が入らない感覚とともに中央分離帯に引き寄せられる症状(実際は真っすぐ走行していた)がありました。
それから頻繁に見舞われる脱力感と平衡感覚の狂い。
「これはさすがに変だ・・・」と、耳鼻咽喉科を受診しましたが、メニエール病などの検査を実施しても原因の特定には至らず、そこから次々と身体に異変が出始めました。
🔹脱力感・平衡感覚の狂い
🔹3か月セキが止まらない
🔹めまい
🔹動悸・呼吸困難
🔹不眠
🔹頭痛(これは昔から)
🔹髪が薄くなってきた(ん?なにか?)
これらの異変が出始めたころ、世の中では「未知のウイルスとの闘い」が始まっており、前述の3か月セキが止まらないのは・・・もしかして・・・と思ったりした頃がありました。(実際、コロナ陽性になったことはない)
耳鼻咽喉科の受診以降は、脳神経内科、呼吸器内科、循環器内科、整形外科などを次々と受診し原因の特定を図ったものの明確に示された診断はなく、本意ではありませんでしたが受診した心療内科において、
「自律神経失調症」
「うつ状態」
との診断を受けました。
その他、中性脂肪が正常値の4倍の数値を叩き出しましたけど・・・たぶん今回の不調とは無関係でしょう。
(見た目はそんなに太ってないんですよ!いや、ほんと)
結局、診断を受けた自律神経失調症等に基づいて、昨年、3か月の病気休暇を取得して療養したのちに職場復帰して現在に至りますが、残念ながら職場復帰後も頻繁に体調不良で仕事を休んでしまいました。
社内規定により、前回の病気休暇は「有給」で取得できましたが、復帰後1年を超えなければ再度申請することができず、おそらく再発したであろう「自律神経失調症及びうつ状態」での病気休暇を取得することはできません。
また、前回の療養時よりも感覚的には重い状態であると感じており、このままでは「仕事に行けない=無給状態」になってしまうことや、職場の上司・同僚に対しても「来るか来ないかわからない管理職」というのは悪影響を与えかねない。
これらの要素を踏まえ、どうするべきか・・・を、4月頃からずっと考えていました。
そして、考え抜いた結果として「退職」を決断し、すでに退職願を提出しました。
自らの選択は正しいと言えるのか。
まだ6月は在職中ですし、退職する決断をしたとは言え、今のところ日々の生活に変化がないので実感も湧きません。
前回の長期休暇は、あくまでも在職したままの療養期間であり、今回は無職になるという大きな違いになります。
そのことを実感するのは、7月・・・8月・・・と時を刻むごとに感じるのではないかと想像しています。
職場に対しては、与えられた役割を果たすことができないことに対する申し訳ない気持ち。
家族に対しては、主たる生計者として無収入の期間を作ってしまうことに対する不安。
考えればキリがない。
そう自分に言い聞かせながら、今後のことを考えているところです。
今後については、
①まずは体調の回復に全力を注ぐ(通院、治療)
②回復の兆しを確信できれば少し働いてみる(バイトなど)
③せっかく何の制約もない日々があるので、少しだけ自由な時間を作る(放浪してみたい)
そんなことを考えています。そして企んでいるところです。。。
また、25年勤めた職場を離れることは間違いないのですが、(体調が回復したら)職場に復帰しても良いと言ってもらっています。
いつ回復するかわかりませんけど、「今度こそ大丈夫!」という状態になれば、すぐに復帰しようと考えており、期間未定の療養生活に入ろうというところです。
社内規程には「休職制度(在籍したまま休む)」もありますが、無給であり、「いつ治るかわからない状態」の僕は休職ではなく退職を選択し、わずかな退職金を手にして当面の生活を乗り切っていこうという話です。(あと失業給付)
万が一、1か月後に完治したら・・・1か月だけの退職になるかもしれません(にがわらい)
まぁ・・・完治までは長引くでしょうね。。。
さて、今回は皆さんにとって「知らんオッサンが仕事辞める話」を長々と読んでいただいたワケですけど(笑)
決してネガティブな退職ではなく、前向きな退職であることを職場にも家族にも理解してもらったと思っているので、前向きである以上、出来るだけ早く回復宣言ができるよう努めなければなりません。
頭痛は別な要因だと思っているので、それ以外の症状の撲滅を目指して、6月中は残務整理・引継ぎなどに全力を注ぎ、7月以降はブログ・・・じゃなかった、治療に専念するつもりです。
退職金はすぐに支給されるわけではありませんし、生活も切り詰めていかなければ💦
1月以降記録している家計簿が悲惨なことになっているので、色々見直しをする機会にもしていきます。
(家計の話は別記事で)
それでは最後まで読んでいただき、ありがとうございました~!!
ブログで稼げるなら、毎日書くけどなぁ(しつこい)


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直前までパチプロ(スロプロ)として生計を立てていた僕は、いわゆる「ちゃんとした就職」のために実家を離れ、北海道の某所で初めての一人暮らしをはじめました。
25年前のこととはいえ、当時のことは鮮明に覚えています。
初めての就職は「非正規雇用」であり、半年ごとに契約更新を繰り返す中、2年ほどで「正規職員」として勤めることとなり、今日まであっという間の日々を駆け抜けた気がします。
もちろん、四半世紀が“あっという間”なハズはないですし、転勤に伴い道内を東へ西へ異動したことや、家庭を築いたこと。
何物にも代えがたい「3人の子ども」の親になったこと。
そして・・・身体を壊したこと。
25年の間には様々な出来事があり、若かった僕が満場一致でオッサン認定されるまでの日々について、思い返す記憶とともに今回のブログを書き始めました。
私は、6月末で退職します。
1 退職を決断するまでの経緯
昨年末、過去4~5年分のブログ記事を全消去する前から当ブログをご覧いただいている方は、何度も書いているためご承知のことかと思いますが、令和2年(今から2年半くらい前)、高速道路を車で運転中に突然の違和感が全身を襲い、ハンドル操作に力が入らない感覚とともに中央分離帯に引き寄せられる症状(実際は真っすぐ走行していた)がありました。
それから頻繁に見舞われる脱力感と平衡感覚の狂い。
「これはさすがに変だ・・・」と、耳鼻咽喉科を受診しましたが、メニエール病などの検査を実施しても原因の特定には至らず、そこから次々と身体に異変が出始めました。
🔹脱力感・平衡感覚の狂い
🔹3か月セキが止まらない
🔹めまい
🔹動悸・呼吸困難
🔹不眠
🔹頭痛(これは昔から)
🔹髪が薄くなってきた(ん?なにか?)
これらの異変が出始めたころ、世の中では「未知のウイルスとの闘い」が始まっており、前述の3か月セキが止まらないのは・・・もしかして・・・と思ったりした頃がありました。(実際、コロナ陽性になったことはない)
耳鼻咽喉科の受診以降は、脳神経内科、呼吸器内科、循環器内科、整形外科などを次々と受診し原因の特定を図ったものの明確に示された診断はなく、本意ではありませんでしたが受診した心療内科において、
「自律神経失調症」
「うつ状態」
との診断を受けました。
その他、中性脂肪が正常値の4倍の数値を叩き出しましたけど・・・たぶん今回の不調とは無関係でしょう。
(見た目はそんなに太ってないんですよ!いや、ほんと)
結局、診断を受けた自律神経失調症等に基づいて、昨年、3か月の病気休暇を取得して療養したのちに職場復帰して現在に至りますが、残念ながら職場復帰後も頻繁に体調不良で仕事を休んでしまいました。
社内規定により、前回の病気休暇は「有給」で取得できましたが、復帰後1年を超えなければ再度申請することができず、おそらく再発したであろう「自律神経失調症及びうつ状態」での病気休暇を取得することはできません。
また、前回の療養時よりも感覚的には重い状態であると感じており、このままでは「仕事に行けない=無給状態」になってしまうことや、職場の上司・同僚に対しても「来るか来ないかわからない管理職」というのは悪影響を与えかねない。
これらの要素を踏まえ、どうするべきか・・・を、4月頃からずっと考えていました。
そして、考え抜いた結果として「退職」を決断し、すでに退職願を提出しました。
2 今後について
自らの選択は正しいと言えるのか。
まだ6月は在職中ですし、退職する決断をしたとは言え、今のところ日々の生活に変化がないので実感も湧きません。
前回の長期休暇は、あくまでも在職したままの療養期間であり、今回は無職になるという大きな違いになります。
そのことを実感するのは、7月・・・8月・・・と時を刻むごとに感じるのではないかと想像しています。
職場に対しては、与えられた役割を果たすことができないことに対する申し訳ない気持ち。
家族に対しては、主たる生計者として無収入の期間を作ってしまうことに対する不安。
考えればキリがない。
そう自分に言い聞かせながら、今後のことを考えているところです。
今後については、
①まずは体調の回復に全力を注ぐ(通院、治療)
②回復の兆しを確信できれば少し働いてみる(バイトなど)
③せっかく何の制約もない日々があるので、少しだけ自由な時間を作る(放浪してみたい)
そんなことを考えています。そして企んでいるところです。。。
また、25年勤めた職場を離れることは間違いないのですが、(体調が回復したら)職場に復帰しても良いと言ってもらっています。
いつ回復するかわかりませんけど、「今度こそ大丈夫!」という状態になれば、すぐに復帰しようと考えており、期間未定の療養生活に入ろうというところです。
社内規程には「休職制度(在籍したまま休む)」もありますが、無給であり、「いつ治るかわからない状態」の僕は休職ではなく退職を選択し、わずかな退職金を手にして当面の生活を乗り切っていこうという話です。(あと失業給付)
万が一、1か月後に完治したら・・・1か月だけの退職になるかもしれません(にがわらい)
まぁ・・・完治までは長引くでしょうね。。。
3 まとめ
さて、今回は皆さんにとって「知らんオッサンが仕事辞める話」を長々と読んでいただいたワケですけど(笑)
決してネガティブな退職ではなく、前向きな退職であることを職場にも家族にも理解してもらったと思っているので、前向きである以上、出来るだけ早く回復宣言ができるよう努めなければなりません。
頭痛は別な要因だと思っているので、それ以外の症状の撲滅を目指して、6月中は残務整理・引継ぎなどに全力を注ぎ、7月以降はブログ・・・じゃなかった、治療に専念するつもりです。
退職金はすぐに支給されるわけではありませんし、生活も切り詰めていかなければ💦
1月以降記録している家計簿が悲惨なことになっているので、色々見直しをする機会にもしていきます。
(家計の話は別記事で)
それでは最後まで読んでいただき、ありがとうございました~!!
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最終更新日 : 2023-06-08
Re: No Subject
マツケラさまコメントありがとうございます!
先日コメントいただいて以降(その前からですが。。。)、色んなことを考え、現在の自分にとって最も良い選択は何だろう・・・と考えた結果、一度職場を離れてみる決断をしました。
退職金をあてにした選択が、将来どのような影響を及ぼすのかわかりません。
ただ、「将来よりも現状を打破する」ことに注力してみようと思います。
まとまったお金(退職金)を手にしたら、遊び歩くかもしれませんけど(にがわらい)
それも、時にはリハビリの一環だと思うことで前向きに考えるようにします!
まみむめも URL [ 返信 ]
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